このブログについて - About this Blog

このブログは思った事を思ったように書くブログです。政治と経済に興味があるので、そっちを重点的に、でも時々どうでもいい日記や、せっかく留学しているので時に留学生らしい日記も書きたいと思ってます。日本語ラベルは基本的に日本語で書かれていて、英語ラベルは基本的に英語で書きます。
This blog is where I write what I want to write. I am interested in politics and economics, so they will be more focused on, but I sometimes write Diaries which nobody really cares. Blogs with labels written in Japanese are basically written in Japanese, and those with English labels are written in English.
あと、写真についてのブログもやってます。良かったら来て見てって下さい。
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Monday, April 9, 2012

首相、教育改革基本方針を指示 - MSN産経ニュース

首相、教育改革基本方針を指示 - MSN産経ニュース

いくつかの大学が春入学から秋入学に制度を変えるとか変えないとか。それについてのニュースを読んでいなかったので詳しいことは分らないが、良い動きなのではないかと思う。

大学生にとって就職活動と言うのは相当大変なものなんだろうなと、来年に就職活動を控えた自分は思う。何枚も何枚も履歴書を書き、何社も何社も面接を受け、そして落ちて落ちて落ちて受かって・・・。

日本の就職活動文化とでも言うのだろうか、大学卒業後の春を見据え、大学3~4年生から始まる就職活動。ほとんどの人がその時期に就職活動を始め、ほとんどの会社がその時期に雇用をすると聞いた。通年雇用をしている企業は少ないと。

一度に多くの人が就職活動をする利点は、会社が多くの人から選りすぐりの人間を選べること。一方で、就職活動中の大学生にとっては競争率があがり大変だ。

一部の大学、しかも有名校が秋入学を始めれば企業もそれに合わせ始める。有名校が始めれば、違う大学も始める。そうやって制度は変わっていくのだろうと思う。

もし世の中の学校が全て秋入学制度に移行してしまうとどうなるか分らないが、一部の大学が秋入学制度、その他の大学が春入学制度のままとなれば、就職活動時期が年に2回となり、いずれ通年雇用企業が増えるかも知れない。

こういった話を友達としていた。通年雇用とならずとも、時期が1回から2回に変わっただけでも就職活動者にとってはかなりの助けになるし、留学生の雇用調整も可能になるのではないかと思う。

自分は個人的にこの教育改革には注目しており、今後の経過が楽しみだ。

Friday, March 16, 2012

地震から一年

あの地震から一年が経ちましたが、日本国内では色々な疑問が浮上してきたようです。 

事在れば即刻対応すべき政府ときたら 
優柔不断で物決めれず。 
せっかくもらった援助金もどう分けるかと長々とお話し合い。 
少し強引でも、無理矢理でも、後で少し困っても、 
少しくらい人間らしく感情的になる政府があっても良い気がするのは俺だけだろうか。 
集まったお金をどう遣うか決めるのは国じゃなくて、地域に任せるべきだ。 
地元の人が地元を良く知ってるのは当たり前で、 
そういう人たちの方がよっぽどうまい遣い方をしてくれる。 

あの地震直後の、喪に服して娯楽を慎み募金すると言う風潮が、 
しばらくして、むしろ東北に観光なり行ってお金を地元に直接落とした方が良い、 
そういう流れになったのには賛成である。 

何でもかんでも地方分権を薦める訳じゃないけど、 
特に非常事態に対しての準備くらい地方にやらせなければ駄目だと思う。 
それに、地震は関係ないけど、今や国より地方レベルの方がよっぽど優秀な人材がいるように思えてならない。政策云々はさておき、リーダーシップと言う面では確実にあの総理に勝ると思っている。 

政治の対応に加え、多くの人が他に疑問を持った事と言えばメディアではないだろうか。 
どのテレビも放射能漏洩の情報を放送するも、 
片や危険と喚起し、片や人身に影響を及ぼす物でないと報道した。 
どの情報が本当なのか、どの情報を信じれば良いのか。 
混乱が混乱を呼んだ。 

後ろで政府が情報流出量を操作したと言う見解もあるが、 
その行動自体は咎めるものではないと思う。 
分った事だけどんどん流してたら国民は混乱するだけだ。 
しかし、今回はその通りになった。 
政府の意図どうこうでなく、結果として様々な情報が蔓延して国民は混乱していた。 

実際の放射能の影響力は知らないが、それらの報道の結果、 
被災地の作物は売れなくなり、異常がないとされる原発まで運転停止し、 
この不景気の中数少ない国にとって重宝すべき黒字会社であろう東京電力が赤字に墜ちた。 

そして原子力発電所に土地を提供し国から手当てを受けていた地方行政は、 
今後数年、或いはその原発が再始動するまで、赤字に苦しむだろう。 

そして、あの地震から一年、被災地で何が変わったのか。 
町の中心部はそこそこ建物が建ってきたものの、 
海岸沿いはまだ被災当時の惨状が残っていると言う。 
地震から一年で惨状がそのまま残っているものだろうか。 
建物建たずとも、整地くらい出来ようものが、 
当時の傷跡そのままと言う事があって良いものであろうか。 
聖地と言うのは物の例えだが、このレベルの低さを分ってもらいたい。 

利益があると分れば数ヶ月でどんどん家を建てて売り出しているような技術が溢れているこの国が、この一年で何が出来ただろうか。 
被災から一年、まだ住む家も、生計も立てれない人がいる。 

行方不明者の捜索を願って復興に悲観的な人もいる。 
それも素晴らしい考えだと思う。 
では復興は後回しにするのか。 
仮にそうだとしても、そういう人を支援している政府があるだろうか。 

被災地に赴いた人達の中で、 
もう少し政府から失われた命に触れるような言葉がほしかった 
そう言った人がいた。 
いったい政府は何を思ってどんな対応をしたのだろうか。 

自国の国民の命を想えない国家があって良いのだろうか。 
つい最近、一通りの紛争を終えたとある中東の国に「自国民を守る責任」と言うものを国連が教え込んできた。 
それまで国民を人間と見なかった政治に一応の終止符は打たれた。 

さて、地震で失われた命は救えなかったにしても、 
その失われた命を尊うのはそういう責任に含まれるべきではないかと思う。 
含まれるのであれば日本は、 
独裁がやっと終わったその国より相当程度が低いものに思えてならない。 
少なくとも希望は持ち辛い。 

大規模な地震とは言え、地震ひとつでこんなにも問題が浮上する日本。 
自分の国だから際立つものはあると思うが、 
自分の国だからこそ見過ごすわけにはいかないし、 
自分の国だからこそ悲しくてならない。 

法律を整え、法治国家として立派に、 
そして何があっても崩れない組織力を培うのも大切で、 
国として守るべきものである。 
しかし、融通が利かな過ぎたり、臨機応変に対応できなかったり、 
形ばかりに囚われて国民を苦しめる政府があって良いものか。 

災害や、大きな問題が起こると浮上する政治としての問題の数々。 
これが目立ち始めてきた現代こそが、 
本当に国民が目覚める良い機会なのではないかと思う。 

メディアも政治家も、反中、親中、反日、親日、右翼、左翼、色々といる。 
表現の自由もほぼ完璧に達成されている世の中。 
今こそ、難しい話題だからと目を逸らさず、 
疑問を持って、ちゃんと考えて、 
そうして完璧ならずとも最善な策を、 
国民全体が個々で見出せるようになれることを祈る。 

理想の政治とはなんなのか考えることが大切。 
特に日本のメディアに流されてはならない。 

この国は異常だ。 
でも大好きだ。 
だから俺は諦めないし、皆に諦めてほしくない。 

寿司食べたい。

Yoshi
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Thursday, March 1, 2012

最年少女性市長、フェイスブックに英語で愚痴 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

最年少女性市長、フェイスブックに英語で愚痴 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

メディアを通そうと通す前と伝えたいことが100%伝わることはない。ただ、メディアを通すことによって変わる事は多いと思う。それぞれの新聞社やテレビ局にはそれぞれの立場の取り方があるし、実際に話を聞いた人が違えば解釈も違うし、同じ解釈だとしても記事にすれば言葉は変わる。

情報というものは本当に難しい。

この市長が言いたかったことはすごく分かるし大賛成だ。

しかし、公私はちゃんと切って置いた方が彼女自身のためだと思う。
だがしかし、切ってしまうと今回のような伝えたかったことが伝えられなくなるかもしれない。
難しいところだ。


Yoshi
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Saturday, February 25, 2012

【主張】入試の偏向設問 早大は出題意図を明かせ+(1/2ページ) - MSN産経ニュース

【主張】入試の偏向設問 早大は出題意図を明かせ+(1/2ページ) - MSN産経ニュース

こんなニュースがありました。簡単に言うと公平を問われる試験で何故一定のポジションを取らざるを得ない問題が出るのかと。ものすごく簡単に言うと、トマトが嫌いなのに「なぜトマトが好きなのか?」と聞かれてるようなもの。答案に「トマトは嫌い・・・なぜなら・・・」がないということ。トマトの例は極端だが、政治の話となってくるとどんどんややこしくなっていく。

出題者、あるいは作問者の思想は知らないし、この際どうでもいい。しかし、その人が何かを意図するようなことをこういう場でするのは許しがたい。

何が怖いかと言うと、こういった意識操作がどんな場面でもあり得るという事実。新聞社が数社あるように、その分だけ特徴がある。どこどこは右寄りだとか、どこどこは左寄りだとか、どこどこは在日が多く反日的だとか・・・それを知らずに読んでいる購読者がいる。自分の立場を知らないまま操作されて、その新聞社に作られてしまったりする・・・かもしれない。

別に日本が好きとか嫌いとか、良い国だとか、悪い国だとか、そういうことは個人の自由でどうだっていい。もちろん好きだって人が多いほうが嬉しいけど、そこを言及する権利は俺にない。ただ、日本が嫌なら出て行けば良いのにと思う。日本は嫌いとか、嫌だとか、もうダメだとかいって国内にとどまって批判して、だったら出てけと思う。

政治批判と国批判とはわけが違う。

個人的には義務を義務と知った上で教員になっといて義務を放棄しといて権利を主張する。法治国家である以上義務を守った上で権利を持てると言う事を忘れている。個人的にはその教員達が懲戒免職とかそういう処分になって当然だと思う。

少し話がずれてしまったが、ひとまず、そういう意図があったにせよなかったにせよ、情報社会だからこそ、そういう情報操作とか意識操作とか、そういうことが存在することを忘れて欲しくない。

Tuesday, January 10, 2012

”台湾2留学生殺害 手配の男、任意同行中に自殺” について

台湾2留学生殺害 手配の男、任意同行中に自殺 --日経新聞

まず、容疑者自殺によるデメリットとして、真実真相の解明が難しくなることが挙げられる。
その通りだと思う。

任意同行とはいえ、警察が確実に且つ生きたまま容疑者を警察署に送り届ける事は、同行警察官の責任によらなければならないと思う。そして、順序を踏み、問うべき真実とやらを解明していく事が大切だと思う。

ただ、このような結果を強く、猛烈に批判する人がいる。それは止めて頂きたい。警察や医者というのはいつも必要以上に世間からのプレッシャーを受けてる。本当はどうすべきだったか、そんなことは結果が出なければ分からない。現場では警察官の勘や、証拠とまで為らずとも、彼らの確信によって行われている・・・はずだ。

なぜ任意同行にしたんだ?だから容疑者が自殺したんだろ?
そう思う人がいるかも知れない。TVによると、警察官は確実に容疑者が犯人であることを確認する必要があったらしい。手錠をしなかったのもそのためだとされる。警察は正しかったのか・・・。
俺は正しかったと思う。後に冤罪となっては困る。だが、もう少し、日本の警察全体として、厳しくても良かったのではないかと思う。手錠かけても、冤罪だって証明できたならそれはそれで良いじゃないか、そう思う、個人的にね。今回の場合、警察官の注意不足もあったかもしれない、だけどやっぱ、彼らの安全面や、このような結果を出さないためにも手錠くらいは使って良いんじゃないかって思う。手錠は犯人と確定された人にだけかけると言う決まりのようなものがあるとすれば、それには反対だ。

今回のケース、手錠が使われなかったとしてこの記事を書いているが、特にそういう記述は見つかっていないので、後々で確認します。

【今回個人的に持った疑問】
1.任意同行には手錠は使われないのか。
2.そういう決まりはあるのか(疑問1に対して)