このブログについて - About this Blog

このブログは思った事を思ったように書くブログです。政治と経済に興味があるので、そっちを重点的に、でも時々どうでもいい日記や、せっかく留学しているので時に留学生らしい日記も書きたいと思ってます。日本語ラベルは基本的に日本語で書かれていて、英語ラベルは基本的に英語で書きます。
This blog is where I write what I want to write. I am interested in politics and economics, so they will be more focused on, but I sometimes write Diaries which nobody really cares. Blogs with labels written in Japanese are basically written in Japanese, and those with English labels are written in English.
あと、写真についてのブログもやってます。良かったら来て見てって下さい。
Also, I am writing a Photo Blog as well. I would appreciate if you come and enjoy!
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Tuesday, May 1, 2012

政治ってなんなんだろう

ブログのタイトルそのままです。
政治ってなんなんでしょうか?

国の数だけ政治があります。
人の数だけ政治感が違います。

答えはありませんが、
成功して良い結果をもたらせばそれが正解ですし、
失敗して大きな損害を負えばそれが不正解です。

政治は未来を見据えるプロセスでもあります。

政治とは何であるのかはわかりますが、
政治とはどんなものであるか、
それがまだ不明確です。

個人的に政治とは、
歴史を創るプロセスだと思っています。

歴史を学べば学ぶほど過去の政治というものが見えてきます。

しかし、ただ単に歴史を創るための政治ではありません。
政治とは人が人を動かすプロセスでもあります。

色々な考え方があると思いますが、
結局は、その国のためにあるもので、
その国のために働き、
その国の利益を求めるものだと思います。

国民を幸せにするのも政治、
他国との関係を良く保つのも政治、
外部からの脅威に立ち向かうのも政治、
国家の経済を支援するのも政治・・・

政治とはその国の存亡をかけ、
その国のためになるよう行われるものです。

右翼、左翼は関係ありません、
ただの考え方の違いです。

しかし、他国に影響されるだけならまだしも、
他国からのプレッシャーに耐えれず、
それに応えてしまう政府があったとしたらどうでしょうか?

実に情けないです。

日本の政治ってそんな感じだと思います。
すぐアメリカに影響されますし、
安全保障条約があると言って、
関係を悪くしてはいけないというプレッシャーに駆られます。

安全保障条約なんて弱いものです。
アメリカに見捨てられれば日本は終わりです。

憲法9条を廃棄または改変し、
日米安全保障条約から日米軍事協力に切り替え、
日本もそれなりの軍備を持つべきです。

軍備は戦うだけのものではありません。
「いざとなれば戦える」と言うのが防御になります。

日本人は原爆で悲しい思いをし、
平和と協調性を重んずる民族であり、
政治と軍事は分離されています。

強い軍事力を持っていても、
自ら進んで戦争をしようと言うのもそうそう有り得ないでしょう。

日本にとっての軍拡とは、
攻撃のためでなく防衛のためです。

強い軍隊を、
持つだけで防衛が出来ます。
実際に使う必要はまずないのです。


Yoshi
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Friday, April 20, 2012

核兵器を拡散させない


論文の内容をどうするか迷っていて何を書いて良いか分からないということで
迷ってるままなんとなく思うがまま書きました。

その論文も今週の水曜日、無事に提出してきました。

結局内容は
①国家間の信頼を築くために世界全体での取り組みが必要であること
②二か国間での原子力技術関連の条約は禁止すべきこと
③核拡散防止条約以外でも国の勝手な行動は慎むべきこと
④国際連合や国際原子力機関に制裁などの権力を与えるべきこと
⑤前国家締結後は核拡散防止条約からの脱退を防ぐこと
となりました。

①国家間の信頼を築くために世界全体での取り組みが必要であること

信頼には二種類あります。利益が基準か否か。
利益基準では、国が得られるであろう利益を信じて他国に協力します
利益基準でなければ、目先の利益を見ず他国に手を差し伸べます。

後者の信頼関係が世界中の国家間で実現されるのが理想です。

(この内容についての記事が見つかって助かった)

②二か国間での原子力技術関連の条約は禁止すべきこと

これはアメリカとインドについてです。米印原子力協力です。
これはアメリカからインドへ原子炉等の原子力技術を渡せるというもの。

インドは核拡散防止条約を締結していない。
核拡散防止条約では直接的間接的な原子力爆弾のやりとりは禁止されてる。

原子力爆弾を作り得る技術を手渡すことは間接的でないのか?
インドは前々から核を持っているのではないかと疑われてきた国なのに。

③核拡散防止条約以外でも国の勝手な行動は慎むべきこと


アメリカはイラク戦争を、国連を無視してまで始めました。

反米国で核拡散防止条約に入ってない国が
アメリカが信用できないから、と言うのは無理がない。
結局国際機関なんて、アメリカのような自分勝手な行動ですぐに無力なる。
そう思われても仕方がない。

アメリカへの支持も減ったが、国連への信頼も減った。

④国際連合や国際原子力機関に制裁などの権力を与えるべきこと

すごく理想的な話だが、実現すれば効力はあると思う。

締結国が賛成する必要があるが、国連と国際原子力機関が力を持てば、
国を不拡散または武装解除へ導けるかもしれない。

⑤前国家締結後は核拡散防止条約からの脱退を防ぐこと


国家間信頼構築達成後、全国家が条約を承認した後は、
その国々を条約から外さないようにすることだ。


今のままでは、脱退を宣言してから2,3週間で簡単に出来てしまう。


弱すぎる。


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現実味のないプロセスだ。


全国家が核保有することによる平和の追及の方が現実的だ。
国は核保有国に攻撃はしない。すれば核を撃たれるからだ。
全国家が持てば、どこも相手を攻撃しない。
という考え方だ。


だが、使わない前提でそんな武器を作る必要があるのだろうか。
そして、核爆弾がテロリストの手に渡ることも考えられる。


国家間の摩擦で始まった世界第一次世界大戦とその後に設立された国際連盟。
国家間の摩擦で始まった世界第二次世界大戦とその後に設立された国際連合。
国際連合は国際連盟での失敗を基に作られた。
いずれも国家間の関係悪化で戦争は始まると仮定している。


一説では第三次世界大戦は、国または世界と国でないグループとで戦われると言われている。


結局、正直、自分にはどっちの方が良いのか見出せない。
核兵器基準の世界か、核のない世界か。


ただ、核兵器がどんなものであるかと言うのは
全世界の人間に知ってもらいたい。


一瞬で罪なき人間何十万人を消し、
跡には何も残らない。


広島、長崎に使われた原爆の威力があれだ。
そして現在存在する核爆弾はあれの何百何千倍の力がある。


Yoshi
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Tuesday, April 10, 2012

核兵器のない世界を実現させるためには

大学の授業で一枚論文を書かなければなりません。英語で書くのはともかく、英語で沢山資料を読んで情報を集めるのは非常に疲れます。非常に疲れるからこそ効率的にやりたいものです。自分の題に使える記事を集めることが一番で、そうするためにも自分の考えをまとめる必要があります。今回の題は「核不拡散を実現又は強化させるためには」です。これが論文の自分のお題です。それについて思うがまま書いてみます。

【核兵器は攻撃か防衛か】

国が核兵器を持ちたがる理由は二つあると思う。それは攻撃か防衛か。つまり、核兵器を他国に飛ばして攻撃したいのか、核兵器を脅しに攻撃させないか、である。アメリカなど、列強国が核をそれぞれ合法的に持っている以上、他の国々、例えばイラクや北朝鮮の目的は基本的に防衛のためと考えられる。

例えば、北朝鮮が核兵器を持ったところで、その軍事力はアメリカには及ばない。しかし、アメリカは北朝鮮に対して攻撃を拒まざるを得ない。なぜなら、少しでも攻撃した時、本土に核兵器を発射される恐れがあるからだ。

このように、核保有と言うのはそれだけで国家の防衛につながる。日本国内でも自衛隊の核武装を推進する人がいるが、なにもそれは戦争するためでなく、むしろ戦争をしないためである。

つまり、核兵器を持つ事によって攻撃されにくくなる。

【何故、国は核兵器を持ちたがるか】

先程述べたように核保有は国家の防衛にあたる。しかし国際原子力機関(IAEA)を筆頭に核不拡散条約が制定され、効力をまだ得ていないものの包括的核実験禁止条約(CTBT)などが書かれ、国連により侵略行為は裁かれる故、国は充分な理由がない限り他国を基本的に攻撃は出来ない。侵略国は国際犯罪として国際司法裁判所(ICJ)等によって裁かれる。

このように世界はだんだんと、戦争を始めにくい環境へとなっていっているのも事実である。核兵器を持ったところで他国を侵略すれば、湾岸戦争のイラクのように、国連の基、多国籍軍に弾圧される。

しかし問題は国家間の信用問題ではないだろうか。核不拡散条約は条約であり、それ以上でも以下でもない。国がそれを受け入れなければ、その国に対して効力は発しない。つまり、その条約を批准しない限り、その国はその条約に従う必要はない。何故批准しないかについては色々理由があるが、核保有について考えれば、やはり国に核を持たせたがらせるような国があることで、そのひとつはアメリカではないだろうか。

同時多発テロ、あるいは9・11が起こり沢山の人々がなくなった。テロが中東のテロリストグループの仕業か実はアメリカの作戦で行われたのか議論はあるが、今回は論点ではない。

その後2003年にアメリカはイラクに対する戦争を始めた。湾岸戦争では国連の決議のもと、アメリカを含む多国籍軍がイラクへ侵攻したが、今回はアメリカが(ほぼ)単独イラクへ攻撃を開始した。問題となるのは、イラク戦争では国連の許可なしにアメリカがイラクへ攻撃を始めた事である。

国連と言う大きな国際機関が世界を見守り、基本的に全国家の意思を反映させる機関として、様々な決議を下す。そんな国際機関や国際原子力機関が努力して、そして全国家に信用されるようになってきたとしても、国連の支持を無視してまで世界一の軍事国家アメリカはイラクへと攻撃し戦争を始めた。

アメリカが嫌いだから核兵器を持とうと言う考えを持つ国もあるかもしれないが、全国家が国連を信じていると仮定しても、アメリカのそのような行動を見れば核兵器も持ちたくなる。国連がちゃんとやってくれると信じていたとしても、国連があってもそれを無視して戦争を始める国があると知れば核兵器も持ちたくなる。特に、その国が反米であれば・・・中東の数国や北朝鮮のように。

【自分の中でまとまった事】

色々考えて見たが、”核非武装”や”核兵器のない世界”への準備はある程度整っているのではないだろうか。国連や国際原子力機関によって数々の条約が作られ、あとは国それぞれが心からそれに同意することが必要なのではないだろうか。そして、国家の良心的な意思により採択された条約はより効力を発し、その世界の流れに乗って包括的核実験条約が正式に発効し、その圧力によって核保有国を武装解除する条約が作られる事が大きな進歩だと信じる。もちろん、その核武装解除条約がまた核保有国により批准されれば、それこそ核兵器のない世界へとなっていく。もちろんこれは理想であり、正直今の世界情勢を見れば遠い遠い夢の世界にさえ思えてくる。だがこれはひとつの考えられるプロセスではないだろうか。

【編集後記】

自分は個人的に核兵器が好きでない。しかし防衛のために核武装と言う考えには納得できる。実際に核保有による国家の防衛能力はとても大きい。

みんながみんな武器を持ち、その武器で反撃されるから攻撃はしない。そんな世界を誰が望むだろうか。数々の国が存在する国と、数々の人々が住む我々の町と、なんら変わりはないように思える。みんな裸の銭湯でわざわざ好き好んで喧嘩を売って殴りかかって痛い思いをしようという人はいないだろう。いたとしても、死者を出す前に、あるいは銭湯の場合、怪我人を出す前に周りが止められるかも知れない。国規模で言う怪我はきっと数人犠牲者が出ることで、国レベルで言う死人とはこの場合、大量の犠牲者が出るとか、そういうことだと思う。個人と国家では規模が違う。しかし、武器がなければ被害を少なく終らせることは出来る。

宇宙人が来るから武器を持つのと訳が違う。同じ人間が何故殺しあわなければならないのか。同じ地球に住む人間だからこそ仲良くしてほしい。環境問題だってそうだ。隣国が環境を壊せばその影響は風邪に流れ川に流れやってくるものだ。自国のことを考えるのは当たり前でそれが普通の事だが、それに加えて隣国や他国を意識し尊重する気持ちがどうしてこうも生まれづらいものか。

ひとまず、今回のところは、論文に書けそうな事が自分で見つけることが出来た。充分ではないだろうが半分は書けるだろう。

多くの問題が絡み合う現代の世の中、各国が完璧でなくとも最善の選択肢を共に、そして戦争無しに、選んでいける世界が実現することを切に願う。自分は平和ボケではないが平和バカである。平和を望んで何が悪いだろうか。


Yoshi
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Tuesday, March 13, 2012

世界平和と日本平和

俺は平和学習と言う名の下、中学生で広島に落とされた原子爆弾についての勉強をやや集中的に受けた。その中で、関係のない人をこんなに一気に大量に殺すのはひどい、そう思った。

いずれ関係のない人ではあながちないんではないかと気づいた。

でも、やはり、世界の平和のためにはどの国も友好的で戦争なんてしない前提じゃなければダメだと思った。この気持ち自体は今も変わらない。

ただ、世界平和を追求する間に、わが国を失って良いのか、という疑問にぶち当たった。分り辛いだろうけど、簡単に言うと日本は今危機だと思うんだ。

日本がどんなに頑張って平和だ平和だと言って外交をしても、それを踏みにじってくる中国もいれば、日本自身が果たして独立国家なのかという疑問を抱かせるアメリカもいる。こういう国たちに揉まれてる日本を置いて、世界平和など語れるのだろうか。

人も国も同じだと思う。自分の事出来ずに何故人の事が出来ようか。自国の平和を危うしてまで何故他国を思えよう。

もちろん、日本と言う国に誇りを持って世界で活躍する人材と言うのは必要であり、素晴らしく尊敬できる立場であると思う。だが、この俺は、どうすれば良いのか。

国際関係学の授業を取れば、日本人として世界貢献しなければと思う。中国史や日中の政治学を取れば、暢気な日本が心配になってくる。

そして、半ば諦め掛けている自分がいる。戦争を繰り返すアメリカに、まったく進歩を見せない宗教問題、そして解決はあり得ないんじゃないかという領土問題。中国は侵略を繰り返し、反日教育を続ける。日本に抵抗するとかどうとかより、他国を敵視する教育が世界のどこかに存在する限り、本当の世界平和は訪れないのではないだろうか。

しかし、その中でも数々の国連平和維持活動等、成果を上げて、新たな国が生まれている。小さな国達だけど、立派に独立して新たな一歩を踏み出してる。

世界的にも日本的にも脅威は中国なのではないかと思う。あの国は戦後数々の侵略を繰り返しながら、安全保障理事会の常任理事国として平然と座っている。そもそも平和を築こうというこの機関に戦後の大侵略国家中国、歴史上大侵略国家のイギリス、今も理由をつけては戦争を繰り返すアメリカが常任理事国としているのはどうも納得がいかない。そもそもなぜ常任ポジションがあるのか。これについて話すとまた長くなるので今回はやめておく。

何が言いたいかと言うと、日本が心配って気持ちと少しでも世界を本当の平和に近づけてみたいっていう俺の葛藤、というか疑問と言うか、うまく言えないが・・・・・・俺は完璧が存在するとは思わないけど、完璧を目指したいと思う。日本が平和で世界も平和なら素晴らしいことだ。ただ、その両方が、或いは片方ですら、実現しようものか。すると信じたいからそう信じる。そうなれば俺はどっちを取るべきなのか、という俺の贅沢な悩み。

結局、どちらの道にせよ、険しく遠い道のり。今はまだ大学生なので沢山勉強して知識を増やしていくしかない。いつもこの結論に行き着く。ただ、もう3年生も終わろうとしてる今、そろそろ道を見極めなければならない。



Yoshi
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