このブログについて - About this Blog

このブログは思った事を思ったように書くブログです。政治と経済に興味があるので、そっちを重点的に、でも時々どうでもいい日記や、せっかく留学しているので時に留学生らしい日記も書きたいと思ってます。日本語ラベルは基本的に日本語で書かれていて、英語ラベルは基本的に英語で書きます。
This blog is where I write what I want to write. I am interested in politics and economics, so they will be more focused on, but I sometimes write Diaries which nobody really cares. Blogs with labels written in Japanese are basically written in Japanese, and those with English labels are written in English.
あと、写真についてのブログもやってます。良かったら来て見てって下さい。
Also, I am writing a Photo Blog as well. I would appreciate if you come and enjoy!
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Tuesday, July 10, 2012

原発問題調査書作成過程で思った事

原発賛成でも反対でも良いけども皆さん、原発のメリットとデメリットを両面考察した上でやっておられるのでしょうか。メディアから聞いた話を信じても信じなくても良い。ただ、一側面だけを知って自分の立場を決める事はもうやめてほしい。両方を知って始めて意見を持つべきではないでしょうか。

それが最近僕の思う事。

原発賛成の人は原発の良い事ばかりを述べる。
原発反対の人は原発の悪い事ばかり述べる。
それは当たり前の事。
それを当たり前の事だと分っていても、
それを当たり前の事だと常に意識しているだろうか。
もし出来ていないのなら、情報に影響されやすい人間。
そう思う。だからいつも、どんな意見や情報を聞いても「それは一理ある」と冷静に捉えることを肝に銘じている。

特に、ちょっと有名な人や、芸能人やタレントは、綺麗事をただ単に言葉にして感情的に伝えてシンパシーを得るだけで、理論に触れず、反対意見を尊重せず、当たり前の事を言う人間が多いように感じる。知識不十分で偉そうに主張するのはやめてほしい。別に偉そうに主張するのは良いんだ。でも、状況に応じて立場をコロコロ変えるのであれば止めていただきたい。

とある人達は電気代が上がる事に不満だ。そうすると「ふざけるな」と言う。「では原発再稼動させましょう」というと、そのうち何人かは「ふざけるな」と言う。それに対し「それでは、火力発電も原発も許せないようなので、自然に優しい水力発電に切り替えますが建設にお金が掛かりますのでひとまず電気代を上げさせて頂きます」と言うと、電気代が上がる事に反発していた人間はまた「ふざけるな」と言うのだ。そして多くの人間が口にするのが「おい、政府、なんとかしろ」。

政府は何様だろうか。今の政府が使えない事は置いといて、政府は国の支配者でもなければ神でもない。

「では、なんとかします。ひとまずお金が必要ですが、あなた方からお金をとれないので国債発行しますね」となればまた「ふざけるな」だ。

全員が全員ではない。しかし、そういう人間が多いことは確かだ。

「何々には反対だ!」・・・では何に賛成なのか、そしてどうすべきだと思うのか」

つまり俺が言いたいのは、
知識不十分で偉そうに、つまり自分が絶対正しいような口調で、主張するな
自分の気持ちだけで賛成・批判するな
自分の意見を持たずして立場だけ主張するな
政府に頼り過ぎるな

は上で述べたように、専門の知識がないのに自分が絶対だと主張するのは惨めだ。

は、簡単に言うと、得た情報だけで感情的に自分の立場を決めるなと言う事。放射能が漏れているとだけ聞き、すぐ全ての原発に反対する。それは幼いぞ。メリットがあるから建てられた原発だ。メリットとデメリット、どっちが大きいか持っている知識で考察するくらいの気持ちは持ってほしい。

は上でも述べたように、自分なりの解決策を持たずに賛成だの反対だの立場をとるなと言う事。例えば「原発は崩壊すれば危険なものの、それから得られる電気量やその電気量に対するコストが他の発電方法と比べて非常に良いので、危険を少々冒してでも続けるべきなので、安全点検などが終り次第全ての原発は再稼動させるべき」だとか「原発は自己発生時の被害が非常に大きく、扱う燃料も特別取り扱いが難しいものであるので、可能性は低いと言えども事故が起こったときの事を考え、例え掛かるコストが大きくとも火力発電ないしその他の再生可能エネルギーを利用するなどして、原発はやめるべきだ」とか。自分なりにちゃんとした意見や解決策や政策など、それを持っていないと何より主張として弱い。

は日本国民の病気と言っても良いかも知れない。上でも述べたが政府は神ではない。なんとかしてくれと言われてなんとかできるものではない。今の日本を客観的に見てみると、国民は政府を批判し、民主党政権はあれもこれも意見を取り入れようとしているのか、決断力に欠ける。確かに政府も問題だが、国民も問題だ。国民も政府になんとかしろと言うのではなく、自分達でも何かできないだろうかと思う事が大切だ。国民が自分の生まれた国を一緒に支えていく環境が必要であって、国民がたまたま生まれた国のために生きてやってるのではない。国が嫌なら出て行け*1

*1
1.それでも国民が出て行かない日本は素晴らしい国だと気付いて頂きたい。2.特に内部から日本を崩壊させようとしている売国奴の方々、あなたです。


原発を例として書きましたが、これはどの問題にも共通する事だと思います。


上の文章で気になるところがあれば教えて頂きたい。
曖昧を曖昧なままにしたくないし、日本語の下手さで誤解もされたくないし、知識のアウトプットは自分にとっても大切な知識の整理の機会となります。



*この記事は著者の日本の政治研究・分析のために書かれたものです。





Yoshi
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Wednesday, June 20, 2012

日本の国際的影響力低下を実感

最近はワシントンDCで色々な講演に参加させてもらっているが、日本にまつわる話になると、悲しい事ではあるが、日本の国際的に持つ影響力と言うものが薄れてきているように思えてならない。

最近の地方紙で読んだのだが、アメリカ人に対するアンケートの結果が悲しいものだった。東アジアのうちアメリカの最も大事なパートナーはどこかと言う問いに対し、一番多かったのが中国、次に日本、最後に韓国だった。たかが1アンケート、されど大規模アンケート、無視はできまい。

日米安全保障条約と言うものがあるが、確実に日本がアメリカの下に来る関係になっている。この条約があるからパートナーと言えるわけではないのも確かだ。

今やGDPでは中国に抜かれた日本。私は個人的には、日本人は必ずしもGDPの向上を望んでいるようには思えない。中国はGDPを上げるべく経済政策をとってきたように思えるが、日本に関しては経済成長の末にたまたま世界2位まで登れることが出来たにすぎないと思う。そういう意味で日本のGDPが相対的に低くなってきている点については気にしないが、それが原因で他国から見下されるのであれば事態は別だ。

イギリスなどはGDPが低かろうと世界で一定の地位は保っているように思う。日本も世界において何かしら胸を堂々と張っていられる地位が必要だ。

日本の車産業は素晴らしく、世界各国に輸出され愛されている。とは言っても、近頃韓国車などの普及を無視できないのが事実だ。
アメリカ人にとっては日本も韓国も差を大して知らない人が多い。アジアと言う言葉でひとくくりにされがちである。だから、そういう人たちにとっては日本車も韓国車も差が特になく、韓国車の方が安いからと言って買ってしまう。Toyotaのブランド力は強いが、日本の国そのもののブランド力、つまりソフトパワーを鍛え上げられなければならない。

マンガやアニメはこちらでも人気のあるソフトパワーだ。日本にしかない日本にしか作れない日本のクオリティをもっと広めていくべきだ。

話は戻って世界的影響力の問題。アジア地域の経済の話になれば、日本経済は停滞しているからと多くは語られず、話題は中国中国中国・・・。軍事の話になれば、日本はアメリカに頼ってるし大した軍拡もしてないからと言われ、話題は中国中国北朝鮮北朝鮮・・・。政治の話になれば日本は国内の問題が多すぎるからしばらく何もないだろうと言われる。

参加した多くの講演で得た日本の印象はこうだ。力を失い、それを取り戻す力に劣り、どんどん見下されていく国。

色々な講演に参加した感想でした。

Tuesday, May 1, 2012

政治ってなんなんだろう

ブログのタイトルそのままです。
政治ってなんなんでしょうか?

国の数だけ政治があります。
人の数だけ政治感が違います。

答えはありませんが、
成功して良い結果をもたらせばそれが正解ですし、
失敗して大きな損害を負えばそれが不正解です。

政治は未来を見据えるプロセスでもあります。

政治とは何であるのかはわかりますが、
政治とはどんなものであるか、
それがまだ不明確です。

個人的に政治とは、
歴史を創るプロセスだと思っています。

歴史を学べば学ぶほど過去の政治というものが見えてきます。

しかし、ただ単に歴史を創るための政治ではありません。
政治とは人が人を動かすプロセスでもあります。

色々な考え方があると思いますが、
結局は、その国のためにあるもので、
その国のために働き、
その国の利益を求めるものだと思います。

国民を幸せにするのも政治、
他国との関係を良く保つのも政治、
外部からの脅威に立ち向かうのも政治、
国家の経済を支援するのも政治・・・

政治とはその国の存亡をかけ、
その国のためになるよう行われるものです。

右翼、左翼は関係ありません、
ただの考え方の違いです。

しかし、他国に影響されるだけならまだしも、
他国からのプレッシャーに耐えれず、
それに応えてしまう政府があったとしたらどうでしょうか?

実に情けないです。

日本の政治ってそんな感じだと思います。
すぐアメリカに影響されますし、
安全保障条約があると言って、
関係を悪くしてはいけないというプレッシャーに駆られます。

安全保障条約なんて弱いものです。
アメリカに見捨てられれば日本は終わりです。

憲法9条を廃棄または改変し、
日米安全保障条約から日米軍事協力に切り替え、
日本もそれなりの軍備を持つべきです。

軍備は戦うだけのものではありません。
「いざとなれば戦える」と言うのが防御になります。

日本人は原爆で悲しい思いをし、
平和と協調性を重んずる民族であり、
政治と軍事は分離されています。

強い軍事力を持っていても、
自ら進んで戦争をしようと言うのもそうそう有り得ないでしょう。

日本にとっての軍拡とは、
攻撃のためでなく防衛のためです。

強い軍隊を、
持つだけで防衛が出来ます。
実際に使う必要はまずないのです。


Yoshi
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Tuesday, March 27, 2012

福島県が住めるところかどうかについて

結局福島が住める環境かそうじゃないかってのは最初の政府の状況判断だったと思う。

放射能は問題ないと多くの学者が言う中で、一部の学者の意見を拾って「危ない」と言って避難させたのは政府だ。
簡単に言うと「福島は危なくて住めないところ」と決めたのは政府だ。
もちろん、安全確認が取れるまで避難させるのは当然の措置としてだ、
何を思ったか、それをいつまでも続けてるから今でも震災直後の生活を送ってる人が何人もいる。

放射能は危険なものだ。もし、適量を超えればね。

一番情報に踊らされてるのは政府ではないだろうか。
色々な情報が集まってしまうからどれが正しいか分らなくなる。
何もメディアだけじゃない。

最近の政府の傾向っていうか、俺が昔から疑問視しているのは、
政治家達がやけに世論を気にして動きすぎる。

国家の存亡を分けるような一大事に世論世論言ってられるだろうか。

地震は過ぎたものの、その傷跡は今でもくっきり残っている。
復興すべき土地もあるし、安心させて上げなければならない人達がいる。

大量の人々を後先考えずに非難させた政府。
国家の大役電気発電所をどんどん閉鎖する政府。

節電しましょうっていう風習はもちろん、すばらしい考えであり、
国民の間でそういう風潮が出回るのはすばらしいと思う。
国民性を感じる。

国民はこういう風に前向きにやってるけれども、
政府は何をぐだぐだしているのだろう。

”何を”ぐだぐだしてるかは分るが、
何故そんなんでここまでぐだぐだするのかが問題だと思う。



Yoshi
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Saturday, March 24, 2012

共和制 vs. 君主制

共和制とは良く聞くが、自分自身それが何なのかはっきり分からないので調べてみた。共和制の対義語は君主制で、君主制の方がなんとなく共和制より想像はつくが、説明しろと言われても難しい。

定義を見つけるために三省堂の大辞林を使わせてもらいました。(正確には使ったのはWeblio辞書です。)
共和制 republic】
世襲による君主制に対し、主権が複数者にある政治形態。国家元首や人民の代表者を間接・直接に選出し、主権が人民にある民主的共和制と、少数特権階級にのみ主権がある貴族的共和制・寡頭的共和制などがある。
≪分析≫日本は国民主権と憲法で定められており「主権が複数者にある政治形態」ではあるが、君主は天皇であるので日本は共和制でなく共和国ではない。
君主制 monarchy】
君主によって統治される政治形態。憲法などの制度により制約を受ける制限君主制と、君主の意思が何ものにも制約されない絶対君主制とがある。王政。
≪分析≫日本は君主すなわち天皇によって統治されているが、事実上の力は強くなく憲法によりその力を制限されているので日本は制限君主制と言える。
色々な辞書をインターネット上で調べたが書かれ方が違い少々苦労したが、この辞書が今回一番自分にしっくりきた。何々制とか何々主義というのはいつもややこしい・・・。


Yoshi
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Friday, March 16, 2012

地震から一年

あの地震から一年が経ちましたが、日本国内では色々な疑問が浮上してきたようです。 

事在れば即刻対応すべき政府ときたら 
優柔不断で物決めれず。 
せっかくもらった援助金もどう分けるかと長々とお話し合い。 
少し強引でも、無理矢理でも、後で少し困っても、 
少しくらい人間らしく感情的になる政府があっても良い気がするのは俺だけだろうか。 
集まったお金をどう遣うか決めるのは国じゃなくて、地域に任せるべきだ。 
地元の人が地元を良く知ってるのは当たり前で、 
そういう人たちの方がよっぽどうまい遣い方をしてくれる。 

あの地震直後の、喪に服して娯楽を慎み募金すると言う風潮が、 
しばらくして、むしろ東北に観光なり行ってお金を地元に直接落とした方が良い、 
そういう流れになったのには賛成である。 

何でもかんでも地方分権を薦める訳じゃないけど、 
特に非常事態に対しての準備くらい地方にやらせなければ駄目だと思う。 
それに、地震は関係ないけど、今や国より地方レベルの方がよっぽど優秀な人材がいるように思えてならない。政策云々はさておき、リーダーシップと言う面では確実にあの総理に勝ると思っている。 

政治の対応に加え、多くの人が他に疑問を持った事と言えばメディアではないだろうか。 
どのテレビも放射能漏洩の情報を放送するも、 
片や危険と喚起し、片や人身に影響を及ぼす物でないと報道した。 
どの情報が本当なのか、どの情報を信じれば良いのか。 
混乱が混乱を呼んだ。 

後ろで政府が情報流出量を操作したと言う見解もあるが、 
その行動自体は咎めるものではないと思う。 
分った事だけどんどん流してたら国民は混乱するだけだ。 
しかし、今回はその通りになった。 
政府の意図どうこうでなく、結果として様々な情報が蔓延して国民は混乱していた。 

実際の放射能の影響力は知らないが、それらの報道の結果、 
被災地の作物は売れなくなり、異常がないとされる原発まで運転停止し、 
この不景気の中数少ない国にとって重宝すべき黒字会社であろう東京電力が赤字に墜ちた。 

そして原子力発電所に土地を提供し国から手当てを受けていた地方行政は、 
今後数年、或いはその原発が再始動するまで、赤字に苦しむだろう。 

そして、あの地震から一年、被災地で何が変わったのか。 
町の中心部はそこそこ建物が建ってきたものの、 
海岸沿いはまだ被災当時の惨状が残っていると言う。 
地震から一年で惨状がそのまま残っているものだろうか。 
建物建たずとも、整地くらい出来ようものが、 
当時の傷跡そのままと言う事があって良いものであろうか。 
聖地と言うのは物の例えだが、このレベルの低さを分ってもらいたい。 

利益があると分れば数ヶ月でどんどん家を建てて売り出しているような技術が溢れているこの国が、この一年で何が出来ただろうか。 
被災から一年、まだ住む家も、生計も立てれない人がいる。 

行方不明者の捜索を願って復興に悲観的な人もいる。 
それも素晴らしい考えだと思う。 
では復興は後回しにするのか。 
仮にそうだとしても、そういう人を支援している政府があるだろうか。 

被災地に赴いた人達の中で、 
もう少し政府から失われた命に触れるような言葉がほしかった 
そう言った人がいた。 
いったい政府は何を思ってどんな対応をしたのだろうか。 

自国の国民の命を想えない国家があって良いのだろうか。 
つい最近、一通りの紛争を終えたとある中東の国に「自国民を守る責任」と言うものを国連が教え込んできた。 
それまで国民を人間と見なかった政治に一応の終止符は打たれた。 

さて、地震で失われた命は救えなかったにしても、 
その失われた命を尊うのはそういう責任に含まれるべきではないかと思う。 
含まれるのであれば日本は、 
独裁がやっと終わったその国より相当程度が低いものに思えてならない。 
少なくとも希望は持ち辛い。 

大規模な地震とは言え、地震ひとつでこんなにも問題が浮上する日本。 
自分の国だから際立つものはあると思うが、 
自分の国だからこそ見過ごすわけにはいかないし、 
自分の国だからこそ悲しくてならない。 

法律を整え、法治国家として立派に、 
そして何があっても崩れない組織力を培うのも大切で、 
国として守るべきものである。 
しかし、融通が利かな過ぎたり、臨機応変に対応できなかったり、 
形ばかりに囚われて国民を苦しめる政府があって良いものか。 

災害や、大きな問題が起こると浮上する政治としての問題の数々。 
これが目立ち始めてきた現代こそが、 
本当に国民が目覚める良い機会なのではないかと思う。 

メディアも政治家も、反中、親中、反日、親日、右翼、左翼、色々といる。 
表現の自由もほぼ完璧に達成されている世の中。 
今こそ、難しい話題だからと目を逸らさず、 
疑問を持って、ちゃんと考えて、 
そうして完璧ならずとも最善な策を、 
国民全体が個々で見出せるようになれることを祈る。 

理想の政治とはなんなのか考えることが大切。 
特に日本のメディアに流されてはならない。 

この国は異常だ。 
でも大好きだ。 
だから俺は諦めないし、皆に諦めてほしくない。 

寿司食べたい。

Yoshi
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Thursday, March 8, 2012

The リーダー       3月2日(金):中韓を知りすぎた男

The リーダー       3月2日(金):中韓を知りすぎた男

この辻本貴一と言う方は尊敬できる方です。知識が豊富です。
だがしかし、知識が豊富で主張が理論的だからと言って100%信じる、そういうものでは決してありません。

この俺のブログは「何が正しいんだろう」という無き答えを探すブログです。

納得できたから100%信じるのも、納得できないから100%否定するのも間違いで、かと言って50/50なら良いかと言えばそれも違うでしょう。ここでは個人的な見解を書かせてもらいます。

まず橋下さんは俺のお気に入りの”人”です。お気に入りの”政治家”とは言ってません。人が素晴らしい人と政治家として素晴らしい人とは全然違うと考えてます。

橋本さんの勢いある姿勢がとても好きです。小泉前首相の迫力ある振る舞いも好きです。それぞれ100点満点をあげたい。しかし、政治家として彼らに100点満点をあげる訳にはいきませんし、評価出来るとしてもまだまだ後のことでしょう。

ただ、この辻本さんの言うリーダーシップというものは日本に欠けているように思えてなりません。良くも悪くも、日本を引っ張れる人間が出てこない。野田首相に対しても賛否両論あると思うが、基本的にあの人には迫力が内容に思える。小泉さんが後ろから近づいてきたらすぐに気配を感じるかも知れませんが、野田さんが後ろから近づいてきても追い抜かれるまで気づかないんじゃないかと思います。

俺はまだ政治という学問の初心者で、歴史という教科もずっと苦手で、こんな人間に政治がどうこう言われるのは政治家にとって嫌なことかもしれません。しかし、そんな素人だからこそ、そんな威厳あるリーダーがいて欲しいのです。

そして、リーダー格と言う面で橋本さんは素晴らしい人です。それに関しては辻本さんに賛成です。ただ時々言い過ぎというか、歴史を大まかすぎに言うときがあると思いますが。

Yoshi
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Thursday, January 26, 2012

日本は外交下手である

日本は良い国だって心から思う。この国に生まれて良かったと思う。日本人の持つ親切心や気遣いの心や誠実感、日本人特有のそのどれもが素晴らしく思う。そんな日本人が大好きだ。

ただ、こんな素晴らしい国民の個性すなわち国民性も、時には脱ぎ捨てなければならないと思う。特に国際関係の場では、そんな日本の国柄を含め、多種多様多数の個性を持った外国と交渉しなければならない。相手が日本と全く同じような国なら、こんな心配はいらないだろう。

例えば、譲歩し合って両国の利益を望める国同士ならさほど問題はないだろうけど、譲歩してできたその隙間にズカズカと土足で上がってくるような、恩を仇で返すような、そんな国も存在するっていうことだ。

中国は日本から多額の援助金等を受け取りつつ、それを軍事拡大に費やし、そして日々反日教育に精を出している。北朝鮮も同じだ。

アメリカはどうだろうか。日本は大きくアメリカに頼っている国だ。日本人はアメリカを信用している。アメリカを疑っているわけではないが、あの国は戦略的な政治は得意な国家だ。たとえ日米安全保障条約が保たれようと、経済面で攻撃してくるかも知れない。そのひとつがTPPだと思う。グローバリゼーションと称したアメリカナイジングには気を付けるべきだ。

思うことがある。日本の政治、特に外交に関しては、綺麗事を述べては他国にどんどん踏み入れられる。そんな気がしてならない。日本特有の素晴らしい個性である”たてまえ”も一歩日本の外に出れば通用しない。

簡単な例はこれだ。日本人来客者に対して帰り際に”またどうぞ”と言っても、その人はそう簡単に再来してこない。しかし、アメリカ人にこれを言うと本当に気軽に訪ねてくる。

言い回しだったり、その国特有のジョークだったり、そういうものは他国には通用しないのだ。国際連盟の会議ではこういった表現を使わないようにしているのも事実で、これもこのような表現の壁があるからである。

要は、何が言いたいかと言うと、外交に関してだけは”日本人らしさ”を忘れてほしいと思う。特に利害のあるものに関しては気をつけてほしい。他国で震災が起こったのですぐに援助を送ろう、こういったものは大いにしてほしいし、日本人らしく小さな心遣いや気配りの力を発揮して、日本は良い国なんだと広めて欲しい。

もうひとつ、日本は受身が多い気がしてならない。中国や朝鮮は徹底して反日教育をして、日本に対しては教科書改編を求めてくる。この改編要求も一部の教育であるのだろうが、日本も日本なりに日本の真実と言うものを世界に広めるべきだと思う。世界に”いつも中国と朝鮮に教科書を直される国”と思われてはならない。そして、日本人には日本人としての真実を教育して、もっと日本が好きになる日本人を増やさなければならないと思う。もちろん、中国のように歴史の捏造はしないことは第一前提である。

そして、戦争は悪いことで、日本はかつでその悪いことをした、と言った教育は聞いていて情けなくなる。人間誰でも喧嘩するように、国は戦争をするし、喧嘩の始まりに理由があるように、戦争の始まりにも理由があって、それぞれの言い分もある。

もちろん、戦争がない世の中は平和で幸せだが、そういうことを教育しつつも、日本がかつて行なった戦争は何故始まったかを追求してほしい。

他国と喧嘩して戦争したけど、戦争は良くないって気づいたから、今はなるべく会議や対談で解決しようとしている。これで十分だと思う。
今の教育は、戦争は良くないので、今はなるべく避けている。こんな感じがする。

この日記の内容は俺の偏見かもしれないし、思い違いかも知れない。ただひとつ真実なのは、今ここでこの記事を書いているこの一日本人は少なくともこういう印象を受けているということだ。

多くの人が日本を変えなければならない、そう言うが、誰にも変えてほしくない。この素晴らしい国を何故変える必要があるのか。そういう彼らに求めるのは、日本を改善すること。
Many people think they have to 'change' Japan, but I don't want them to 'change' but want them to 'improve' or 'fix' Japan.